父の日記

娘の誕生を機に記録を残します。

お父さんはどこへ?

神戸市にママとこどものはいしゃさんという歯科がある。関西の歯科をネットで検索した際にたまたま目に入ったのであるが、名前に引っ掛かった。「パパ」はどこに行ってしまったのだろうか。ホームページの医院名についての説明では、

 親はこどもに無償の愛を持つものです。こうした経験をふまえて、私は、医療従事者はすべての親御様に対して「この先生・このスタッフならまかせられる」という安心感をご提供しなければならないと強く感じています。そのためにはしっかりとした専門性、そして丁寧な説明、誠実な姿勢、笑顔をもって接することが必要だと確信を持ちました。「ママとこどものはいしゃさん」という医院名には、そういった想いを込めています。

 とある。「すべての親御様に」とあるのにも拘わらず、父親は抜けている違和感。この歯科を責めるつもりはない。成人男性を診療拒否しているわけではないし、患者の声のページでは、男性の症例も紹介している。

 

住んでいる市が提供するベビーマッサージや離乳食のレクチャーに参加したことがある。基本的には女性の参加者が多いものの、男性もちらほら見かけた。配布資料とともに助産師の方が説明してくれるのであるが、その説明には「父親」の存在が異様なほどなかった。資料にも、ママとこども、といった表現ばかり。育児を手伝ってくれるメンバーとして祖父母・兄弟には触れたのに父親が出てこなかったことも。

 

テレビである専業主夫を取材したコーナーがあった。妻の稼ぎがよいため、検討した結果、夫が主夫になる活動をしたらしかった。その夫は番組内で「スーパー主夫」と表現されていた。朝ごはんを用意し、子どもを学校に行かせ、掃除洗濯をする。これってすべて主婦ならやっていることが多いし、そう期待されている。きちんとすることが前提で、少し不備があるとネガティブな評価を受けることもある。

 

いずれのケースでも、悪気はないのだろう。しかし、だからこそ世の中の人、特に世代が上の人達の意識には、子育ては母親がするもの、という意識が深く根付いている、と感じる。子どもが生まれて父親として子育てをし始めて気付くようになったが、同じような例は枚挙に暇がない。CMでも子どもの食事を作ったり、様々なサポートしている描写がある場合、その主体はほぼ例外なく母親である。もっと色々な父親像・母親像があることが自然に受け入れられてもいい。